京都府南部の山城地域の宇治を中心に茶の製法は、広がりを見せるとともに茶園も同じく広がってきました。日本茶の代表的な茶種である抹茶、煎茶、玉露が作られてきた京都府内全域の現在の茶園をご紹介します。
マップか画像をクリックすると、市町村の動画が見られます。
京丹後市
京丹後市は、府内では新しいお茶の産地で、約20年前に初めてお茶を植栽しました。市内4町(大宮・網野・弥栄・久美浜)の国営開発農地を中心に、約36haで14品種のお茶栽培に取り組んでいます。1つの茶園あたりの面積が広いため、多くの作業を乗用型の管理機で行っています。産地の特徴として、農薬管理を工夫することで、府内では珍しいEU・北米・台湾の3地域に輸出できるお茶づくりをしています。雪や強風などの厳しい自然環境の中、生産者と関係機関が協力し、魅力のある宇治茶の発展に貢献できるよう、さらなる品質の向上を目指します。
福知山市
福知山市は由良川が育む豊かな耕土のある茶園で栽培されています。福知山市の興地区、土地区、大江町で栽培がされています。主に両丹式高棚による覆い栽培が盛んで、玉露やてん茶の生産がされており、5月の最盛期には黒い幕で覆われた茶園が見られます。玉露は個人工場で生産されており、古くから切磋琢磨して素晴らしい茶を作るための技術が磨かれてきました。現在では府内トップクラスの産地として宇治茶を支えています。特に京都品種の「鳳春(ほうしゅん)」の産地として最高クラスの評価を得ています。
八幡市
八幡市の茶業は、上津屋、野尻、岩田の3集落等で営まれています。上津屋は城陽市側の集落と同じ名前を持ちますが、これは木津川の流路変更により分断されたもので、元来は1つの集落でした。両集落は、かつて渡し船で、現在は流れ橋(上津屋橋)によって結ばれています。木津川左岸の河川敷に、岩田から野尻、そして流れ橋の架かる上津屋から上奈良にかけて連続的に覆下茶園が営まれ、てん茶が生産されています。木津川河川敷に堆積する砂混じりの柔らかい土質で栽培される八幡市のお茶は、山間部で栽培される「山茶」に対して「浜茶」と呼ばれ、松の葉のように濃い緑を持つことで知られています。
城陽市
全国茶品評会で1等1席の農林水産大臣賞を何度も受賞したてん茶が、城陽市内の茶園で栽培されています。城陽市にある茶園は木津川沿いに集中していて、その大半が河川敷の中にあり、河川敷の茶園の美しい風景は、平成27年度に京都府景観資産登録地区に登録され、さらに「流れ橋と両岸上津屋・浜台の『浜茶』」が「日本茶800年の歴史散歩」のひとつとして、日本遺産に認定されました。天気の良い日には、市民の憩いの場として、堤防沿いを散歩、ジョギング、サイクリングなど、思いおもいに過ごす方で賑わいます。
京田辺市
京田辺市は日本有数の玉露の産地です。玉露は、新芽が出る時期になると茶園に覆いをかけて遮光し、渋みや苦みの成分を抑え、茶葉一枚一枚に甘みや濃厚な旨み成分を行き渡らせます。他府県産地では一枚しか覆いをしませんが、京田辺玉露は、覆いを二枚以上重ねて徹底的に遮光し、甘みと旨みを凝縮させています。
また、近年は機械での収穫が主流ですが、京田辺玉露は、摘み子の手で茶葉を一枚ずつ丁寧に摘んでおり、人の手で厳選して摘み取った茶葉でしか味わえない品質の良さがあります。そんな京田辺玉露は、全国茶品評会や関西茶品評会において、「農林水産大臣賞」や優れたお茶を生産する地域に贈られる「産地賞」を何度も受賞しています。
井手町
井手町多賀地域では、享保年間に奥山新田が開かれ、茶葉の需要拡大に応え茶畑を山奥にまで広げましたが、その後の需給関係により茶生産から撤退する農家が出たことから多くの茶畑が森に戻りました。現在は、森の中にあるからこそ良質な茶葉が生産される茶園のみが残り、「森の茶園」となりました。この間に生産に求められた量から質への遷移を物語っています。製茶工場では、この良質な茶葉を加工し、抹茶の原料となるてん茶を生産しています。
木津川市
木津川市内の茶畑は、昔からお茶の栽培がされていました。現在では、山裾から丘陵頂部近くまで広がり、起伏に富んだ地形を利用した茶畑が広がっています。市北部の山城町地域ではてん茶、東部の加茂町地域では、かぶせ茶が栽培され、かぶせ茶は、京都府内でも上位の生産量があります。また、幕末の頃から山城南部地域でお茶の栽培が盛んになり、お茶の集積地となった山城町上狛地区では、最盛期には約120軒の茶問屋が営まれていました。現在でもこの地区には約40軒の茶問屋が軒を連ね、茶問屋ストリートと呼ばれています。
南山城村
南山城村は、府内2位の生産量を誇る宇治茶の主産地です。昭和40年以降に茶園の造成が進み、高尾の白石中谷茶園は約30ヘクタールもあり村内で1番大きな集団茶園です。また村内の茶園は斜面を駆け上がるように配される「縦畝」が多くあり、これは山間地で発生しやすい晩霜害を防ぐことや乗用型摘採機で作業しやすいようになっています。生産される主な茶種は煎茶とてん茶で、各種品評会の煎茶の部において毎年好成績を残す煎茶の産地として有名ですが、近年は抹茶ブームに合わせ、てん茶の生産量が増えてきています。南山城村では時代の流れとともに茶園の形や場所、生産方法を変化させながら、宇治茶を支えています。
舞鶴市
昭和初期に、宇治茶の本場である宇治市を流れる宇治川と、舞鶴市の由良川地域の気候が似ていることから、八田地区で府指導茶園が造成されたことが起源とも言われています。その後、八田、丸田、岡田上、岡田下等、由良川流域に茶園が広がり、かつては、大浦地区や吉坂地区でも栽培されていました。由良川流域の気候や土質が、茶の生産に適した土地であり、舞鶴で製造される玉露とてん茶は、生産者が統一した栽培管理を行うとともに、良質な茶ができる一番茶製造のみにこだわっています。府内でも均一かつ高品質な茶の産地として高い評価を受けています。
綾部市
綾部市は、美しい自然や豊かな里山が広がる、歴史・文化に彩られた街並みが特徴の田園都市です。そんな綾部市が誇る特産品、それが「茶」。全国茶品評会においても高い評価を受けており、最も優秀な市町村に贈られる産地賞(かぶせ茶の部)を幾度となく受賞しています。良質で深い味わいの綾部の茶、その秘密は綺麗な空気と霧です。市内を流れる由良川から発生する朝霧は茶の味をまろやかで香り高いものに変えていきます。綾部市は、長い歴史によって培ってきた技術で茶棚を独特なものに進化させ、質の高い玉露やてん茶の産地として発展しました。生育に適した気候と丹精込めた技術によって長年「宇治茶」ブランドを支えています。
京都市
宇治市に隣接する京都市伏見区向島は、かつて宇治茶の一大産地として重要な役割を担っていました。明治期には広大な茶畑が広がっていましたが、時代の移り変わりとともに都市化が進み、茶業に携わる生産者の数は少なくなりました。そのような中、今もなお、生産者が向島の茶畑を大切に守り続けています。栽培方法は、お茶の旨みを引き出す「覆下園(おおいしたえん)」。直射日光をさける覆いの下、人の目で一つ一つ確認する伝統的な手摘みを行い、抹茶の原料となる高品質な「てん茶」を中心に生産しています。受け継がれてきた技と心を未来へつなぐ茶づくりが、ここ向島に息づいています。
久御山町
長大な木製の流れ橋がつなぐ木津川の両岸は砂地の豊かな土壌で、その河川敷に位置する佐山浜代の茶園は、木津川堤防の内側に広がり、300年を経た古木があるといわれるほど、古い歴史を誇っています。遠方に流れ橋、手前に茶畑の風景が、のどかな日本の原風景を彷彿させることから、平成28年日本遺産に認定されました。現在も、町内の茶農家が伝統を受け継いで茶の生産を続けており、手摘みで丁寧に摘まれた茶葉から生産されたてん茶は、茶道で用いられる最高品質の抹茶に生まれ変わります。令和3年度には、全国の茶生産者が茶の出来映えを競う「第75回全国茶品評会」「てん茶部門」において久御山町が産地賞で日本一を受賞しました。
宇治市
宇治市内では、「一番茶」の時期に茶園に覆いをする「覆い下栽培」と、お茶摘みさんが、新芽を一葉一葉丁寧に摘み取る「手摘み」が今も行われています。
主にてん茶と玉露が生産されており、覆いによって日光を遮ることで、うま味成分のテアニンが、渋み成分のカテキンへ変化するのを防ぎます。また、手摘みをすることにより、機械摘みに比べて古葉や枝の混入が格段に少なくなるため、高級茶と呼ぶにふさわしい品質となります。全国茶品評会で、宇治市や宇治市内の生産者の方は、名誉ある賞を多数受賞しております。これは、先人より受け継がれた技術を日々切磋琢磨して磨き上げてこられた生産者の努力があってこその結果です。
宇治田原町
宇治田原町は京都府南東部に位置し、四方を山に囲まれた谷間集落を形成する農山村です。1738年に宇治田原湯屋谷の茶農家、永谷宗円が当時の製茶法に改良を加えながら、現在の煎茶や玉露の製法のもととなる「青製煎茶製法」を考案したことから、本町は「日本緑茶発祥の地」と呼ばれています。町の茶栽培面積は260ha、茶生産農家戸数は80戸の宇治茶の一大産地です。また、生産性の向上を図るため、平成21年には町内最大の集団茶園(15ha)の新規造成が完了し、新たに令和4年には、既存集団茶園(13ha)の再造成も完了するなど、持続可能な茶業の振興を図っています。
和束町
和束町は四方を山に囲まれた京都府最大の茶の生産地です。和束谷断層が生んだ断層角盆地の地形を巧みに生かし、近世以降の宇治茶生産の主力を担っています。和束の茶農家たちは茶栽培と収穫、荒茶までの製茶加工を一貫しておこないます。屋敷地内に主屋と茶工場が並び建ち、職住一体となる屋敷構えの集落を形成しています。各茶農家は茶の収穫量を自家で製茶可能な量に調整するため、品種や立地、標高差を生かし、分散的に茶園を所持することで摘採時期をずらします。その結果、茶園としてまとまりを持ちつつ、栽培方法がそれぞれ違う、モザイク状で多彩な生業景観が生まれました。
京丹後市
京丹後市は、府内では新しいお茶の産地で、約20年前に初めてお茶を植栽しました。市内4町(大宮・網野・弥栄・久美浜)の国営開発農地を中心に、約36haで14品種のお茶栽培に取り組んでいます。1つの茶園あたりの面積が広いため、多くの作業を乗用型の管理機で行っています。産地の特徴として、農薬管理を工夫することで、府内では珍しいEU・北米・台湾の3地域に輸出できるお茶づくりをしています。雪や強風などの厳しい自然環境の中、生産者と関係機関が協力し、魅力のある宇治茶の発展に貢献できるよう、さらなる品質の向上を目指します。
福知山市
福知山市は由良川が育む豊かな耕土のある茶園で栽培されています。福知山市の興地区、土地区、大江町で栽培がされています。主に両丹式高棚による覆い栽培が盛んで、玉露やてん茶の生産がされており、5月の最盛期には黒い幕で覆われた茶園が見られます。玉露は個人工場で生産されており、古くから切磋琢磨して素晴らしい茶を作るための技術が磨かれてきました。現在では府内トップクラスの産地として宇治茶を支えています。特に京都品種の「鳳春(ほうしゅん)」の産地として最高クラスの評価を得ています。
八幡市
八幡市の茶業は、上津屋、野尻、岩田の3集落等で営まれています。上津屋は城陽市側の集落と同じ名前を持ちますが、これは木津川の流路変更により分断されたもので、元来は1つの集落でした。両集落は、かつて渡し船で、現在は流れ橋(上津屋橋)によって結ばれています。木津川左岸の河川敷に、岩田から野尻、そして流れ橋の架かる上津屋から上奈良にかけて連続的に覆下茶園が営まれ、てん茶が生産されています。木津川河川敷に堆積する砂混じりの柔らかい土質で栽培される八幡市のお茶は、山間部で栽培される「山茶」に対して「浜茶」と呼ばれ、松の葉のように濃い緑を持つことで知られています。
城陽市
全国茶品評会で1等1席の農林水産大臣賞を何度も受賞したてん茶が、城陽市内の茶園で栽培されています。城陽市にある茶園は木津川沿いに集中していて、その大半が河川敷の中にあり、河川敷の茶園の美しい風景は、平成27年度に京都府景観資産登録地区に登録され、さらに「流れ橋と両岸上津屋・浜台の『浜茶』」が「日本茶800年の歴史散歩」のひとつとして、日本遺産に認定されました。天気の良い日には、市民の憩いの場として、堤防沿いを散歩、ジョギング、サイクリングなど、思いおもいに過ごす方で賑わいます。
京田辺市
京田辺市は日本有数の玉露の産地です。玉露は、新芽が出る時期になると茶園に覆いをかけて遮光し、渋みや苦みの成分を抑え、茶葉一枚一枚に甘みや濃厚な旨み成分を行き渡らせます。他府県産地では一枚しか覆いをしませんが、京田辺玉露は、覆いを二枚以上重ねて徹底的に遮光し、甘みと旨みを凝縮させています。
た、近年は機械での収穫が主流ですが、京田辺玉露は、摘み子の手で茶葉を一枚ずつ丁寧に摘んでおり、人の手で厳選して摘み取った茶葉でしか味わえない品質の良さがあります。そんな京田辺玉露は、全国茶品評会や関西茶品評会において、「農林水産大臣賞」や優れたお茶を生産する地域に贈られる「産地賞」を何度も受賞しています。
井手町
井手町多賀地域では、享保年間に奥山新田が開かれ、茶葉の需要拡大に応え茶畑を山奥にまで広げましたが、その後の需給関係により茶生産から撤退する農家が出たことから多くの茶畑が森に戻りました。現在は、森の中にあるからこそ良質な茶葉が生産される茶園のみが残り、「森の茶園」となりました。この間に生産に求められた量から質への遷移を物語っています。製茶工場では、この良質な茶葉を加工し、抹茶の原料となるてん茶を生産しています。
木津川市
木津川市内の茶畑は、昔からお茶の栽培がされていました。現在では、山裾から丘陵頂部近くまで広がり、起伏に富んだ地形を利用した茶畑が広がっています。市北部の山城町地域ではてん茶、東部の加茂町地域では、かぶせ茶が栽培され、かぶせ茶は、京都府内でも上位の生産量があります。また、幕末の頃から山城南部地域でお茶の栽培が盛んになり、お茶の集積地となった山城町上狛地区では、最盛期には約120軒の茶問屋が営まれていました。現在でもこの地区には約40軒の茶問屋が軒を連ね、茶問屋ストリートと呼ばれています。
南山城村
南山城村は、府内2位の生産量を誇る宇治茶の主産地です。昭和40年以降に茶園の造成が進み、高尾の白石中谷茶園は約30ヘクタールもあり村内で1番大きな集団茶園です。また村内の茶園は斜面を駆け上がるように配される「縦畝」が多くあり、これは山間地で発生しやすい晩霜害を防ぐことや乗用型摘採機で作業しやすいようになっています。生産される主な茶種は煎茶とてん茶で、各種品評会の煎茶の部において毎年好成績を残す煎茶の産地として有名ですが、近年は抹茶ブームに合わせ、てん茶の生産量が増えてきています。南山城村では時代の流れとともに茶園の形や場所、生産方法を変化させながら、宇治茶を支えています。
舞鶴市
昭和初期に、宇治茶の本場である宇治市を流れる宇治川と、舞鶴市の由良川地域の気候が似ていることから、八田地区で府指導茶園が造成されたことが起源とも言われています。その後、八田、丸田、岡田上、岡田下等、由良川流域に茶園が広がり、かつては、大浦地区や吉坂地区でも栽培されていました。由良川流域の気候や土質が、茶の生産に適した土地であり、舞鶴で製造される玉露とてん茶は、生産者が統一した栽培管理を行うとともに、良質な茶ができる一番茶製造のみにこだわっています。府内でも均一かつ高品質な茶の産地として高い評価を受けています。
綾部市
綾部市は、美しい自然や豊かな里山が広がる、歴史・文化に彩られた街並みが特徴の田園都市です。そんな綾部市が誇る特産品、それが「茶」。全国茶品評会においても高い評価を受けており、最も優秀な市町村に贈られる産地賞(かぶせ茶の部)を幾度となく受賞しています。良質で深い味わいの綾部の茶、その秘密は綺麗な空気と霧です。市内を流れる由良川から発生する朝霧は茶の味をまろやかで香り高いものに変えていきます。綾部市は、長い歴史によって培ってきた技術で茶棚を独特なものに進化させ、質の高い玉露やてん茶の産地として発展しました。生育に適した気候と丹精込めた技術によって長年「宇治茶」ブランドを支えています。
京都市
宇治市に隣接する京都市伏見区向島は、かつて宇治茶の一大産地として重要な役割を担っていました。明治期には広大な茶畑が広がっていましたが、時代の移り変わりとともに都市化が進み、茶業に携わる生産者の数は少なくなりました。そのような中、今もなお、生産者が向島の茶畑を大切に守り続けています。栽培方法は、お茶の旨みを引き出す「覆下園(おおいしたえん)」。直射日光をさける覆いの下、人の目で一つ一つ確認する伝統的な手摘みを行い、抹茶の原料となる高品質な「てん茶」を中心に生産しています。受け継がれてきた技と心を未来へつなぐ茶づくりが、ここ向島に息づいています。
久御山町
長大な木製の流れ橋がつなぐ木津川の両岸は砂地の豊かな土壌で、その河川敷に位置する佐山浜代の茶園は、木津川堤防の内側に広がり、300年を経た古木があるといわれるほど、古い歴史を誇っています。遠方に流れ橋、手前に茶畑の風景が、のどかな日本の原風景を彷彿させることから、平成28年日本遺産に認定されました。現在も、町内の茶農家が伝統を受け継いで茶の生産を続けており、手摘みで丁寧に摘まれた茶葉から生産されたてん茶は、茶道で用いられる最高品質の抹茶に生まれ変わります。令和3年度には、全国の茶生産者が茶の出来映えを競う「第75回全国茶品評会」「てん茶部門」において久御山町が産地賞で日本一を受賞しました。
宇治市
宇治市内では、「一番茶」の時期に茶園に覆いをする「覆い下栽培」と、お茶摘みさんが、新芽を一葉一葉丁寧に摘み取る「手摘み」が今も行われています。
主にてん茶と玉露が生産されており、覆いによって日光を遮ることで、うま味成分のテアニンが、渋み成分のカテキンへ変化するのを防ぎます。また、手摘みをすることにより、機械摘みに比べて古葉や枝の混入が格段に少なくなるため、高級茶と呼ぶにふさわしい品質となります。全国茶品評会で、宇治市や宇治市内の生産者の方は、名誉ある賞を多数受賞しております。これは、先人より受け継がれた技術を日々切磋琢磨して磨き上げてこられた生産者の努力があってこその結果です。
宇治田原町
宇治田原町は京都府南東部に位置し、四方を山に囲まれた谷間集落を形成する農山村です。1738年に宇治田原湯屋谷の茶農家、永谷宗円が当時の製茶法に改良を加えながら、現在の煎茶や玉露の製法のもととなる「青製煎茶製法」を考案したことから、本町は「日本緑茶発祥の地」と呼ばれています。町の茶栽培面積は260ha、茶生産農家戸数は80戸の宇治茶の一大産地です。また、生産性の向上を図るため、平成21年には町内最大の集団茶園(15ha)の新規造成が完了し、新たに令和4年には、既存集団茶園(13ha)の再造成も完了するなど、持続可能な茶業の振興を図っています。
和束町
和束町は四方を山に囲まれた京都府最大の茶の生産地です。和束谷断層が生んだ断層角盆地の地形を巧みに生かし、近世以降の宇治茶生産の主力を担っています。和束の茶農家たちは茶栽培と収穫、荒茶までの製茶加工を一貫しておこないます。屋敷地内に主屋と茶工場が並び建ち、職住一体となる屋敷構えの集落を形成しています。各茶農家は茶の収穫量を自家で製茶可能な量に調整するため、品種や立地、標高差を生かし、分散的に茶園を所持することで摘採時期をずらします。その結果、茶園としてまとまりを持ちつつ、栽培方法がそれぞれ違う、モザイク状で多彩な生業景観が生まれました。