2015年2月号(Vol.32)HTMLメール
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宇治茶の郷メールマガジン 2月号(Vol.32) |
こんにちは、宇治 茶太郎さん。 冬の寒さに負けない、心と体をほっこりと温める宇治茶の話題をお届けします。 … トピックス ………………………………………………………………………… … 日本茶・宇治茶の世界文化遺産登録に向けて …………………………………… … コラム「茶の記憶」……………………………………………………………… |
【1】「宇治茶の郷づくり応援団」の募集 先月号でもお知らせしましたが、宇治茶ファン拡大と、継続的な交流や情報発信促進のため「宇治茶の郷づくり応援団」を募集しています。 活動内容としては、茶畑における作業手伝い等を行い豊かな地域資源の保全に努める「宇治茶を守り隊」、茶畑景観などの見学等の楽しみづくりを実施し、宇治茶の魅力を知ってもらうとともに宇治茶の栽培の現状などを学んでもらう「宇治茶を巡り隊」などの活動を通して、盛り上げていくことを考えています。 先月号の募集を見て、メールマガジンご愛読者の方で、数人の方から参加したいという意向をいただきました。 お茶をテーマに幅広い継続的な交流や感動的な体験を通じて一層の宇治茶ファンを確保し、「宇治茶の郷づくり」や「お茶の京都」を応援するためにも、メールマガジンご愛読者の方々には、「宇治茶の郷づくり応援団」として登録させていただければと考えております。 また、ご賛同いただけない場合は、お手数をかけますが、下記メールアドレスによりご連絡下さい(ご連絡いただく際には、氏名・連絡先を記載願います)。よろしくお願いします。 なお、活動に御参加いただいた方につきましては、宇治茶関連イベント等における記念品提供、宇治茶関連商品の割引等の特典も検討しておりますので、御参加よろしくお願いします。 |
【2】「春の大茶会『わくわく!ドキドキ!春の宇治茶フェスタ』」を開催 今年で10回目を迎える「春の大茶会『わくわく!ドキドキ!春の宇治茶フェスタ』」が2月7日(土)、宇治茶会館、茶業センター(宇治市)で開催。 今年は新企画として、宇治茶の様々な種類を飲んで、茶種を当てていただく「宇治茶飲みくらべクイズラリー」、また、自分で点てた抹茶にオリジナリティ溢れる作品を描く「抹茶アートコンテスト」を予定しています。 その他、宇治茶手もみ体験、大学対抗茶香服リーグ、美味しいお茶の淹れ方教室、講演など、宇治茶づくしの1日です。 当日は、京阪宇治駅あるいはJR宇治駅からの無料シャトルバスの運行も予定していますので、多数の御参加をお待ちしています。 |
【3】組曲「もうひとつの京都」のテーマ曲が決定
京都府が「もうひとつの京都、行こう。」キャンペーンの中で募集していた、ヴァイオリニスト葉加瀬太郎さんが手がけた組曲「もうひとつの京都」の3つのテーマ曲名が決定しました。 特に第一曲「お茶の京都」では、1,100件を超える多くの応募の中から、『茶かほる』に決定しました。 なお、『茶かほる』の名前の由来は「お茶といえば宇治茶の香り。私の中では、宇治といえば源氏物語と和歌というイメージ」とのことです。 |
【4】高品質てん茶の効率的新製茶法を開発 宇治茶を代表する高級抹茶に加え、抹茶スイーツなど用途が拡大している「てん茶」は、需要も増えており、品質のすぐれた製品を効率よく製造する技術が求められています。 そういった中、京都府農林水産技術センター茶業研究所(宇治市)は、加熱効率の向上や装置の小型化が可能な新製茶法を開発し、特許出願を行いました。 新製茶法により、今後の茶生産農家の経営向上を期待します。 |
【1】「宇治茶文化講座『日本茶のふるさと 宇治茶生産の景観』」を開催 世界文化遺産登録を目指す「宇治茶生産の景観」について地元の機運を高めようと、1月24日(土)、宇治田原町総合文化センター「さざんかホール」で「宇治茶文化講座『日本茶のふるさと 宇治茶生産の景観』」を開催。 当日は、京都工芸繊維大学准教授の清水重敦氏による「宇治茶生産の景観」に係る報告、文化庁文化財部記念物課世界文化遺産室の西和彦氏による記念講演、トークセッションなど来場された約300人の方々に宇治茶世界文化遺産登録に向け、「宇治茶生産の景観」の魅力をアピールしました。 |
【2】八幡市と南山城村の茶畑景観が新たに京都府景観資産に登録 木津川河川敷の「高品質てん茶の産地・八幡市~流れ橋周辺に広がる浜茶の景観~」(八幡市上津屋、野尻、岩田)、南山城の丘陵に広がる「宇治茶の主産地・南山城村~大空へ向かって駆け上がる茶畑景観~」(南山城村高尾、今山、田山、童仙房)の2景観が新たに京都府景観資産に登録されました。 |
宇治茶は、応仁の乱前後までには栂尾茶と並ぶ二大トップブランドとなります。しかし、偽物が出たり栂尾茶をはじめとするライバルがいたりと、その地位は必ずしも万全なものとはいえません。そこで中近世移行期の宇治では、茶業者の宇治茶師達を中心に様々な改革を行い、ブランド力の強化をはかります。 まず土地の集積です。現在文書調査中の『宇治堀家文書』(国立歴史民俗博物館蔵)を見ますと、中近世移行期の宇治茶師堀家は多くの田畠・茶園・屋敷等を買い集めています。勿論茶園の購入は茶業を行うためでしょうが、そこには田地から茶園に転作された土地が含まれている事に気が付きます。これは田畠として購入した土地も茶園に転作される可能性があることを示しています。このように中近世移行期の宇治において、宇治茶師達が茶園を含む土地の集積を行った結果、将軍家をはじめとする全国の大名家等の「茶の湯」で使用される「抹茶」の生産を独占することが可能になったのです。 次に「覆下茶園」を発明するなど、栽培法・製茶法の改良を行います。ジョアン・ロドリゲス『日本教会史』には「この茶の作られる茶園なり畑なりで、その上に棚をつくり、葦か藁かの蓆で全部を囲い」霜よけをしたとあり、覆下栽培の様子が克明に記されています。しかしこの前後の時代の史料をみていますと、この覆下茶園ができたからといって一気に今日のような「抹茶」が完成したわけではないようです。その後も茶の色や味をよくするために様々な試行錯誤が行われ、江戸前期頃に一応の完成をみたと考えたほうがよさそうです。また覆下茶園の登場にあわせ、茶臼の目の切り方も変化するといわれてきましたが、最近の研究によると平滑周縁型の茶臼の登場も江戸前期ごろまでにずれ込むようです。 さらに宇治茶師達は、宇治茶を保護する法令を為政者に出してもらいます。天正12年(1584)の秀吉の禁制では「他郷の者、宇治茶と号し、銘袋を似せ、諸国に至り、商売せしむ事」を禁じ、宇治郷に住む宇治茶師達が扱うお茶だけを「宇治茶」としたのです。 また宇治茶師達は、取引先の大名家などに赴いた際にお茶を売るだけではなく、「茶の湯」を行い相手の道具をほめるなど、茶人としての心得も持ち合わせておりました。 |
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □ 発行 : 宇治茶の郷づくり協議会 https://www.ujicha.or.jp/sato/ □ 発行日 : 2015年2月1日 □ メールマガジンの配信・停止:https://www.ujicha.or.jp/sato/member/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyright (c) 2015 宇治茶の郷づくり協議会 All Right Reserved. |