2020年4月号(Vol.94)HTMLメール
宇治茶の郷メールマガジン 4月号(Vol.94) |
こんにちは、宇治 茶太郎さん。
春は新しいことを始めるのにぴったりな季節。 … トピックス ………………………………………………………………………… … コラム「茶の記憶」……………………………………………………………… |
【1】宇治茶関連行事の中止のご案内
《開催を予定しておりました次の行事は、新型コロナウイルスの影響を受け、参加者の安全を考慮して中止となりましたのでお知らせします。》 ◇「宇治茶ムリエ講座(宇治会場)」 |
【2】「宇治茶カフェ」を6店舗新規認定しました!
新規認定店は、書面審査と現地審査により、メニューの内容やお店の雰囲気等を審査した上で、「宇治茶カフェ」の認定基準をパスしたもので、店内は、「宇治茶カフェ」の証としての認定盾が飾られています。 今回の新規認定で、現在「宇治茶カフェ」は41店舗となりました。 新規認定店をぜひ訪れていただくとともに、他の店舗とも合わせて、「宇治茶カフェ」巡りを楽しんでいただき、宇治茶や宇治茶スイーツを十分に味わってください。 【新規認定店舗】 |
【3】「日本茶800年の歴史散歩」を巡るサイクリングマップのアプリ版が完成しました!
日本遺産に認定された構成資産を巡るサイクリングマップが、この度アプリに登場しました。 アプリをダウンロードすれば、スマートフォンのマップ上で現在位置を確認しながらご利用いただけます。 アプリ版には、日本遺産だけでなく、宇治茶や地域の新鮮な食材をいかした地元グルメや日本遺産以外の観光スポット情報も盛りだくさんで、サイクリングを楽しむ方だけではなく、ウォーキングやドライブの際にも楽しく活用できます。 「App Store」又は「Google Play」から「ambula map」をダウンロード(無料)してぜひお試しください。 【App Store(アプリ対応端末:iOS version 11.0以上)】 【Google Play(アプリ対応端末:Android OS version 6.0以上)】 【お問い合わせ先】 |
【4】日本最古の茶園の高山寺の茶園整備をお手伝いしました!
京都市右京区梅ヶ畑栂尾町にある栂尾山高山寺は、「古都京都の文化財」の一つとして境内が世界文化遺産に認定されているとともに、ウサギやカエル、サル等の鳥獣を擬人化していきいきと描いたことで有名な国宝「鳥獣人物戯画」をはじめとした多くの文化財を伝える寺院として知られ、多くの人が訪れています。 一方で、高山寺は、宇治茶、ひいては日本茶のふるさととしての歴史があります。 平安次代の末に、臨済宗の開祖である栄西禅師が、中国から持ち帰ったお茶の種を、高山寺中興の祖である明恵上人が譲り受け、高山寺の境内に植えたのが日本最古の茶園であると伝えられており、今も、高山寺の境内には「日本最古の茶園」の石碑が建てられています。 栂尾の地で栽培されていたお茶は、宇治の民衆の願いにより、明恵上人が種を撒き、その後宇治の地で本格的にお茶の栽培が広がり、また、日本各地に伝わっていったと伝えられており、高山寺は宇治茶や日本茶のふるさとと言える場所です。 今も、高山寺の境内では、茶園が遺されており、宇治市の茶農家やJA、茶業関係機関等の有志が、茶園の整備を年に数回お手伝いしています。 5月の茶摘みに向けて、3月23日にも、雑草の刈り取りや施肥、消毒、清掃作業を行い、茶園をきれいに整備しました。 茶園の中には入れませんが、参道から眺めることはできますので、高山寺に拝観された際には、宇治茶の歴史を偲んでいただければと思います。 |
「宇治茶のエンドユーザーたち~頼山陽と御茶所「美濃部忠兵衛」」と題した連載の2回目です。 文政十二(1829)年正月十三日付、京都の頼山陽から尾道の橋本竹下へ送った手紙の続きです。このなかには、煎茶を「淹茶法」=揉み茶の茶葉を湯に浸してそのエキスを飲む方法が書かれています。 茶の入れ様は、この素焼きのきびしょにて、湯を活火にて沸かさしめ、湯気の口より一条出し候時、今一つのきびしょをうつむけて、上に蓋にして、中をあたため、扨引き上げて、その中に茶を入れ、手早く右の湯を中へ注し、蓋をして、しばらく置きて、茶碗にあければ、真の山?(やまぶき)色をなし候なり。 すなわち、「きびしょ」、つまり急須をふたつ用意します。まず一方の「きびしょ」で湯を沸かします。その湯をもう一方の「きびしょ」に注ぎ、これをあたためたのち、この湯は捨てます。この温めた「きびしょ」に茶葉を入れ、そこにふたたび湯を注ぎます。この抽出液を茶碗に注いで出来上がりです。これは、現在の煎茶の淹れ方とほぼ同じです。ちなみに寛政六年(1794)上田秋成『清風瑣言』によりますと、「炒茶」(釜炒り茶)の淹れ方であるとしています。 さて、この時期の煎茶の淹れ方の手順には、もうひとつあったことが分かっています。それが、沸かした湯を火からおろし、それに茶葉を入れて抽出する方法です。こちらの方が、隠元が将来した方法であるとされています。隠元の茶は釜炒茶とされているので、上田秋成の考え方とは異なります。その上田秋成は、湯に茶葉を入れる方法は「蒸焙」の茶=蒸したあと焙炉で乾燥させた宇治や信楽の茶の淹れ方であるとしています。その他の煎茶の史料も併せて見ると、茶葉が先か湯が先か、またその名称はひとによってまちまちでした。したがって、頼山陽にとって、茶葉に湯を注ぐ方法が、宇治煎茶の淹れ方となっていると理解した方がよさそうですね。 その結果抽出されたお茶の色=「水色(すいしょく)」は、山吹色をしているとあります。今も山吹色は宇治煎茶の水色の代名詞ですが、すでに江戸時代中期から山吹色と表現されていたのですね。 |
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □ 発行 : 宇治茶の郷づくり協議会 https://www.ujicha.or.jp/sato/ □ 発行日 : 2020年4月13日 □ メールマガジンの配信・停止:https://www.ujicha.or.jp/sato/member/ □ facebook「宇治茶love」https://www.facebook.com/ujichalove □ Twitter「うじちゃ~る人」https://twitter.com/ujicharle ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyright (c) 2020 宇治茶の郷づくり協議会 All Right Reserved. |